参加型授業を目指して

9月末から半年間、東京女子大学で非常勤講師をしています。4年ぶりに機会を与えていただきました。
情報福祉とコミュニケーションをテーマに、視覚障害、聴覚障害のある方々を支援する技術や現場の実情をお話ししつつ、私が東京女子大学の先生方や学生さんと続けてきた研究(音声による視覚障害者の支援技術)も紹介しています。
そして問題の本質に迫るために「ヒューマンインタフェースの原則」を考える必要があることを、少しずつ伝えていきたいと考えています。

約1年前、シラバスに下記のように書きました。

内容:障害者のコミュニケーションの現状を踏まえて、特に「音」あるいは「声」というメディアの特性を学ぶことで、円滑なコミュニケーションを支える人間の能力と技術の動向についての理解を深める。ラジオや落語などの身近な音声メディアにおけるコミュニケーションを分析したり、TwitterやiPhoneをアクセシビリティの観点から評価したりするなど、情報福祉という視点から文化と技術を読み解く力を養いたい。

到達目標:音声インターフェース、障害者向けの支援技術、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション、ユニバーサル・デザイン、ユーザ中心設計などの話題について、基礎的な知識や技術の概要を理解する。さらに、具体的な問題に着目し、その解決方法について提案を行ったり、有効性について論じたり、評価実験を計画したりする能力を身につける。

受講生に数人ずつのグループに分かれてもらい演習を行う。
講義時間を利用してプレゼンテーションを行ってもらうので、協力して取り組んで欲しい。

しかしこのような「参加型の授業」に簡単には馴染んでもらえないだろう、という予想もありました。
マイケル・サンデル先生の講義がテレビで話題になりましたが、参加する立場としても、授業を進める側としても、容易に真似できるものではない、と思う方は多いでしょう。
学会や研究会の座長をつとめると、質疑応答で誰も手を挙げないときに、座長が義務のように質問やコメントを言う、という場面が多々あります。
私の授業については、参加を成績評価基準に含めると決めたので、強制的に発言や参加をさせるのではなく、自発性を促す方法が好ましいと考えました。
対策は2つあると考えました。
一つは、参加しやすい内容やアプローチを選ぶこと。たとえ情報が薄くなっても、説明している私が「なにかに気づいたプロセス」を追体験してもらいたいと考えました。
例えば、第5回では Apple iPod touch (2009年型) の音声読み上げ機能の説明をしながら、視覚障害者に使いやすい音声インタフェースの要件を考えてもらいました。
説明とはいうものの、ほとんどのプロセスは学生自身に委ねました。最初に簡単なヘルプの文章をみんなで読みましたが、その後は立候補してくれた学生数人が自発的に VoiceOver の使い方を調べました。重要と思われるポイントについては私が細かく質問をして、最後にまとめを行いました。
第6回では、ディクテーション(音声認識)ソフトの動くパソコンを教室に持参し、学生の皆さんに使ってもらいました。原理の説明は最小限にとどめて、「性能は十分だと思いますか」「何にどのように使えそうですか」と私が問題提起をしました。電話の通話内容を書き起こせるのではないか、という意見が出たので、2人一組でカジュアルな会話をしてもらい、音声認識性能が(新聞記事の読み上げと比べて)どのように変化するのかを実際に体験してもらいました。
第7回では、通信販売(女性向けの洋服)のカタログを使って「対面朗読」にチャレンジしてもらいました。読み上げる役の人が、紙面を見ることができない設定である聞き手役の人に、一生懸命工夫して情報を伝えてくれる様子をみんなで観察しました。読み上げ役の人が紙面をどのようにめくっているかをみんなで見るために、Webカメラで撮影してプロジェクタで映しました。
もちろん素人の実験だけでは対面朗読や音訳の世界を正しく理解してもらうことはできないので、過去に研究の一環として録画した対面朗読の熟練者のビデオを見てもらい、音訳マニュアルにどのような事項が書かれているかを補足説明しました。
ちょっとでもビデオを見せると、退屈に感じる人はいるようです。
私は今回の非常勤講師の準備として障害者支援や音声メディアに関するテレビ番組をいろいろ録画したのですが、この数週間の学生とのやりとりを通じて、安易にテレビを見せる授業はできるだけ控えよう、と思いはじめました。
そして、テレビ番組を見せるよりも学生の興味をひく授業を行うことは、そんなに難しいことではない、という感触を持ちつつもあります。
もう一つ、自発的に授業に参加してもらうために、「ポイントカード」を配ることにしました。
手作りのポイントカードの写真
これは学生が発言してくれたり、前述したような「実験」に参加してくれたりしたときに、私がその場で「ポイント」を差し上げるためのものです。
最初の授業でこのしくみについて説明をして、さっそく実践を始めました。その日の出席表の自由記述欄には、私の提案に好意的なコメントもあれば批判的なコメントもありました。
当初30人くらいが登録した私の授業は、2ヶ月が経過して、登録者の半分くらいの出席で推移しています。
出席している人はほぼ全員、協力的にこの授業に参加してくれています。ポイントカードの仕組みを楽しんでもらっていると感じます。
今後、話が「音声言語の特性」「インタフェースの原則」など抽象的になっていくので、ひきつづき、工夫を重ねたいと思います。

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