ビジョン・ドキュメント2026
私たちは誰か
シュアルタは家族で作った小さな会社です。大組織を目指していません。家族という最も原初的な自立共生の形を起点として、道具を作り、コミュニティとつながります。「シュアルタがあってよかった」とコミュニティに感じてもらうことが、この会社の存在理由です。
スローガンが意味すること
心安らぐ日々
安らぎは管理されたものではありません。自分のペースで世界と接していられる状態です。誰かに代わってもらうことで得られる安心ではなく、自分が自律していることから生まれる静けさです。この言葉はシュアルタ自身の存在様式でもあります。家族で、小さく、無理なく続けられる規模で在り続けること。
心はずむ兆し
兆しは外から与えられる刺激ではありません。利用者自身の内側から湧いてくる予感です。何かが始まろうとしている、変わろうとしている、その微かな動き。シュアルタはコミュニティや社会を動かす兆しでありたいと考えています。大きな変化を起こすのではなく、変化が起きる条件を先取りして示す存在です。
道具の設計思想
シュアルタの道具は、人が誰かに代わってもらうためではなく、自分で感じ、自分で関係を結ぶ力を保つために存在します。道具は人間の自律性を代替しません。自律性が発動する余地を作ります。答えを与えるのではなく、問いが生まれる場所を作ります。これはイヴァン・イリイチが「コンヴィヴィアリティ」と呼んだ設計思想と共鳴しています。道具が利用者を依存させる方向ではなく、利用者の自律的な関係を触媒する方向へ。
シュアルタが向き合う人たち
シュアルタの道具が向き合う関係性は、制度の外側にある自律的な関係性です。例えば、障害者とコミュニティ。情報環境を自分で制御する力はコンヴィヴィアルな関係の核心部分です。シュアルタの道具はその関係性に割り込まず、関係が続く余地を作ります。
ペットとの自立共生
イヌやネコと会話することは手段です。その欲求の背後にあるのは、自分の感情や状態を受け取ってくれる存在がそばにいるという経験であり、ペットはすでに言語なしにその経験を提供しています。自立共生を支える仕組みはテクノロジーとは別の次元にもあります。
技術選択の倫理
ビジョンと技術選択は一致していなければなりません。自立共生を掲げながら、利用者のデータを外部サーバーに送り続ける設計は矛盾します。セキュアでプライベートなAI、手元で完結する処理、利用者が改変できる構造。これらはコスト上の選択ではなく、設計思想の誠実さの問題です。NVDAがオープンソースのコミュニティによって維持され、利用者が改変・配布できる道具として機能してきたことと、この思想は地続きです。
ビジョンの言語
シュアルタは家族を起点として存在する小さな会社であり、制度の外側にある自律的な関係性の中で生きる人たちのそばに、その人自身の力を信じる設計思想を持って存在します。大きくなることを目指しません。コミュニティや社会が次の状態へ移行するとき、その予感を先に体現していた存在でありたい。そして関わったすべての人が、シュアルタがあってよかったと感じられることが、この会社の存在理由です。
ひとこと
経営者としての私が読むべき本をAIに提案させたら、イリイチを読めと言われました。さっそく書店で「コンヴィヴィアリティのための道具」を買い、読みながら自分たちの過去と未来の事業にあてはめて考えて、ビジョンドキュメントとしてまとめました。
新年度の初日である今日、すこし書き直した公開版のビジョンドキュメント2026をここに残します。











