NVDA ユーザーが画像認証 (CAPTCHA) の壁を克服する手段として広く知られている WebVisum という Firefox アドオンがあります。
ミツエーリンクス まほろば などで紹介されています。
最近の Firefox と WebVisum について私が知っていることの整理と、問題提起をしておきます。
最近リリースされた Firefox バージョン 43 から、Firefox の開発元が認証をしたアドオンだけがインストール、実行できるようになりました。
WebVisum はまだ Firefox 開発元の認証を受けたバージョンを公開していないようです。
未認証のアドオンの実行を禁止するようになったのは、システムを不安定にしたり不正アクセスの原因になったりするアドオンが広まることを防ぐ目的のようです。
回避策はいくつかあり、後述しますが、どれも根本的ではありません。
根本的には WebVisum が最新の Firefox に対応するように、ちゃんと開発、システム運営を続けてもらう必要があります。
英語でしか書かれていませんが、WebVisum に寄付をしたり運営に協力したりしてください、みたいなことはサイトに書かれてはいます。
いままでそういう支援を検討しておられたのなら、この機会に WebVisum の運営元に対して、今後もちゃんと開発されていくのか、確認をしてみられるのがよいと思います。
たしか今年の夏ぐらいに WebVisum のサーバーが止まって、一時的に WebVisum が使えなくなったことがあったはずです。
海外のメーリングリストでは WebVisum の代わりになるものがないか、という質問がときどき出るようになりました。
Firefox のアドオンは今後も大きな仕様変更が予定されているはずです。
もし WebVisum の開発が止まっているなら、将来の Firefox のバージョンアップに追従できなくなり、WebVisum は使えなくなってしまうと思います。
以下、暫定的に WebVisum を使えるようにするいくつかの方法です。
(1)
自己責任で Firefox の設定を書き換えて、未認証のアドオンを有効化する。
例えば「窓の杜」の以下の記事に書かれています。
「Firefox 43」では未署名のアドオンが利用不可能に
“about:config”でオプションを無効化すれば、次期バージョンまでは継続利用が可能
Firefox 44 ではこの方法は使えなくなるそうです。
なのでいまから約6週間しか有効ではありません。
(2)
Firefox 38 延長サポート版 (ESR) に乗り換える。
Firefox ESR 38 という、仕様としてはバージョン38のまま、セキュリティ修正だけは2016年5月まで行われる特別な Firefox があります。
下記ページの下の方に日本語 Windows 版のダウンロードリンクがあります。
Firefox/Thunderbird 法人向け延長サポート版
この ESR 38 で WebVisum のサイトからアドオン ( WebVisum 0.9.1 ) をダウンロードしてインストールできることは確認しました。
(未認証のアドオンは自己責任で使ってください、というメッセージは出ます)
この方法も2016年5月までしか有効でなく、次にメジャーバージョンアップされる ESR ではいまの WebVisum は使えないはずです。
(3)
Firefox のバージョンを戻す、バージョンアップを止める。
おそらく皆様最初に思いつくことと思いますが、セキュリティ上の不具合があると分かっていて使い続けることになるため、良くない方法です。
けっきょくは WebVisum というサービスが本当に必要なのか、もし必要なのだとしたら、どうやって WebVisum の開発者や運営者を支援するのか、といったことが問われていると思います。
まあ NVDA もそうなんですけどね。。
CAPTCHA のために WebVisum が使われ続けることは、スクリーンリーダー利用者に対してアクセシブルな操作手段を提供しないサービス運営者を容認することに繋がっているとも考えられます。
以前は日本で広く普及しているスクリーンリーダーが Firefox に対応していなかったため、画像認証をクリアしたい、Firefox を使いたい、じゃあ NVDA を覚えよう、という順番で NVDA に注目された時期もありました。
しかし私は NVDA 開発者たちの思想を尊重して、WebVisum にしがみつかないことも、模索したい、してもらいたい気持ちになっています。
以上、議論の材料になれば幸いです。
追記(2016年8月22日):
WebVisum のサイトに掲載されているバージョンは 0.9.1 のままですが、Mozilla のサイトでは2016年7月18日にリリースされた WebVisum 0.9.5 が紹介されており、認証済みのアドオンとして利用できるようになりました。
nishimotzの日記
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Firefox 43 と WebVisum のこれから
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スクリーンリーダー NVDA 日本語版の現状
この記事は、Web Accessibility Advent Calendar 2015、4日目の記事です。
Web Accessibility Advent Calendar に参加するのは初めてなので、自己紹介をします。
広島出身、東京と京都を経て、現在また広島在住。
2012年4月から NVDA 日本語チーム の代表としてオープンソースの Windows 用スクリーンリーダー NVDA の翻訳と日本語版開発を担当しております。
今年の夏 AccSell ポッドキャスト 第75回に出演して喋ったので、よろしければ聞いてみてください。
非営利法人 ATDO(支援技術開発機構)主任研究員として電子書籍のアクセシビリティ(EPUBやDAISY)に従事することもあります。
Web アクセシビリティに関することでは、今年から WAIC WG2(ウェブアクセシビリティ基盤委員会 実装ワーキンググループ)に参加しています。
NVDA の開発に Python が使われているというつながりで、広島で Python のイベント PyCon mini Hiroshima の実行委員長をやりました。
その他の仕事としては、某ステルスモードのスタートアップでソフトウェア開発に従事しています。
この記事では今年ポッドキャストやイベントで喋り足りなかった NVDA の実情をまとめてみたいと思います。
まず、ユーザー数や市場占有率について。
日本でよく参照されている「視覚障害者の携帯電話・スマートフォン・タブレット・ パソコン利用状況調査 2013」(新潟大学)によると、スクリーンリーダー利用者全体における NVDA 利用者の割合は6パーセントとされています。
このことから「NVDA でしかちゃんと動かないWeb標準を実装しても、大半の視覚障害ユーザーには届かない」と判断されがちです。
私は、話はそれほど単純ではないだろうと考えています。
理由のひとつは、この調査が実施された2013年秋から現在までに、NVDA 日本語版のユーザーはおそらく2倍以上に増えているであろうこと。
もうひとつは、同じくこの2年のあいだに「視覚障害者の Windows 離れ」が進んだと思われること、です。
まずは NVDA 日本語版の普及状況から。
NVDA には「更新の自動チェック」機能があり、24時間ごとにサーバーと通信をしています。
サーバー側で「自動チェック」のアクセス数を数えることで、1日ごとのユーザー数を把握しています。
ちなみに NVDA 本家版のユーザー数調査結果によると、1日あたり平均23775人が一番新しい数字になっています。
(1週間のアクセス数を1日平均に直しているのは、曜日によってユーザー数が異なるからでしょう。詳しくは後述)
NVDA 日本語版は2013年12月15日にリリースした 2013.3jp から、更新チェックを独自に運用していて、NVDA 日本語チームのサーバーでアクセスを数えています。
2014年1月5日ごろの1日あたりの平均ユーザー数は64人ですが、これは 2013.3jp よりも古いバージョンを把握できていないので、すこし控えめな数字になっているはずです。
その後、2014年3月20日に 2014.1jp を、6月2日に 2014.2jp をリリースしました。
大半のユーザーが 2013.3jp 以降を使っていると考えられる2014年5月上旬で、NVDA 日本語版の1日平均ユーザー数は176人でした。
そして2015年12月上旬、現在の1日平均ユーザー数は424人になっています。
単純に伸び率を掛けると、6パーセントだったシェアは少なくとも15パーセントにはなっているでしょう。
一方で、パソコンを利用する視覚障害者、つまりこのシェア計算の母数は、この2年でどうなっているでしょうか。
はっきりとは分かりませんが、私は「期待したほど NVDA 日本語版のユーザー数が増えていない」ことと、視覚障害者コミュニティの「空気の変化」から判断して、「日常的なコミュニケーションや情報アクセスは iPhone の VoiceOver でやってしまう」というライフスタイルが急速に広まりつつあると感じています。
ひとつの根拠は、NVDA 日本語版のユーザー数が2014年年末から2015年年始にかけての1週間に大きく落ち込んだ、というデータです。
また、今回この記事を書くために、この3週間くらいの曜日ごとのユーザー数を調べてみたのですが、やはり土曜日と日曜日のユーザー数が少ない、という結果になりました。
視点を変えると、日本における NVDA は「日常生活を支援する道具」の座をスマートフォンに明け渡しつつあるかわりに、平日に職場で使われる「視覚障害者の就労支援ツール」になりつつある、という可能性を感じています。
就労における NVDA というテーマでは、今年9月のイベントでも IT 技術者として働いている NVDA ユーザーによる発表がありました。
また技術者ではない人からも、マッサージの仕事の予定管理にイントラネットが使われていて、そのWebサイトにアクセスするときに NVDA を使う、といった話を聞いたことがあります。
日本盲人職能開発センター(東京都新宿区)ではNVDAの講習会が定期的に開催されているようです。
(私は2014年の秋にこの施設で最初のNVDA講習会をお手伝いしました)
何度か書いたり喋ったりしたことですが、NVDA は「スクリーンリーダーの本来果たすべき役割分担」に忠実な、初心者には取っつきにくい、不親切なスクリーンリーダーです。
しかしそれはベンダーや開発者に「Web標準への準拠」「アクセシビリティAPIへの準拠」を促すための NVDA の戦略によるものです。
また一方で、たった2人のコア開発者が膨大な開発を効率よく行うための、プロジェクト生き残りの手段であるとも言えます。
NVDA の強みを手短に語ってほしい、NVDA でなければできない作業をアピールしてほしい、と言われるたびに複雑な気持ちになります。
正しく迅速に「標準」に準拠するスクリーンリーダーよりも、「特定のコンテンツやアプリケーションに特化したスクリーンリーダー」のほうが、どうしても「すごいソフトウェア」「お金を払うに値する製品」に見えてしまうのです。
開発中のアプリやコンテンツが NVDA でちゃんと動くようにするにはどうしたらいいか、という質問も、似たような状況です。
「特定のスクリーンリーダーに特化したコンテンツやアプリケーション」の開発を促したくない、ということも NVDA のポリシーだからです。
NVDA 本家の開発は最近、GitHub に移行しました。
この GitHub Issues では WAI-ARIA をどう解釈して NVDA でどう実装しているのか、といったやりとりも 頻繁に 交わされています。
NVDA に関わる前から「アクセシビリティ」にこだわっていた私にとって、アクセシビリティとは「物事の本質」であり「コンテンツの品質」であり「イノベーションの源泉」です。
日本では Web アクセシビリティのコミュニティにとっても、スクリーンユーザーのコミュニティにとっても NVDA はまだまだメジャーな存在ではありません。
Web アクセシビリティは「情報産業というエコシステムの傍流」かも知れませんが、しかし「技術ロードマップのど真ん中」だと信じています。
開発者とユーザーがお互いに「Web標準を考慮して頑張っても、相手が使いこなせないから無駄」と思うのではなく、双方が「互いに歩み寄れる妥協点」を見つけてほしいと思っています。
日本のユーザーに NVDA をリアルタイムに届けることで、まもなく始まるであろう「合理的配慮」をめぐる当事者たちと事業者たちの「戦い」を支えたいと考えています。
告知:
2016年1月9日(土曜)に大阪で開催される LibreOffice mini Conference 2016 Japan に参加します。
それから1月16日(土曜)に東京で(久しぶりの) NVDA ミートアップを開催します。
NVDA について質問したい人、一緒に NVDA コミュニティを盛り上げたい人のご参加をお待ちしております。